『 関西のキング・オブ・スィング、チャーリー西尾 』
By Bianca Jarvis 抄訳 戸張育子
Japanzine June2005 で紹介されました。
原文は こちら
知らないもの同士肩が触れあうことといえば、サラリーマンが電車でドスンッと誰かの隣に腰を下ろすことくらいの大都会の真ん中で、初めて出会った二人が息もピッタリスィングダンスを踊っている。その空間を縦横無尽にまわっている時そこにはシンプルに恥ずかしがっている暇はないのだ。赤い髪にピアスをしたパンクなアメ村の連中は、その上着に入っているiPodと携帯電話に夢中になっているかもしれないけれど、その地下のナイトクラブ……AtlantiQ’sで、音楽はloudandlive,そこには踊らない理由なんてない。
バンドリーダーであるチャーリー西尾は群集をひとつにし、仕事も生活も多方面にわたる常連客を今日も歓迎している。快活な高齢者(戦時中もこうやってアメリカ音楽をこっそり楽しんでいたの?)から、ヴィンテージの一張羅を着飾った熱心な若いカップルまで。。。チャーリー西尾はまるで1930年代のカリスマ映画スター、日本のClarke Gableさながらポマードで整えられた髪、完璧なあつらえのスーツにカーネーションのブートニア。しかしひとたびショウが始まると、チャーリー西尾はその空間を彼のjumpin’ jiveで思いのままに操り、フジヤマチャロル、彼と9人の仲間と共にオリジナルの日本語スィングを歌う。
兵庫県川西市出身のチャーリー西尾は80年代から90年代にかけて東京を中心に一世を風靡したロカビリーの再ブームの申し子、代々木公園原宿通りは黒光りしたリーゼントヘアとプードルスカートのカップルがお決まりのようにweekly jive danceを競い合っていた。しかしその一方で、1930年代40年代のスウィングはその後10年以上も日本にお目見えすることはなかった。その理由を考える上で第二次大戦中、Big Band がアメリカ軍兵士の間で絶大なる人気を誇っていたことを考えれば想像は容易だろう。 ロカビリーに長い間没頭した後、チャーリー西尾は95年ロサンゼルスでのレコーディング旅行でスィング出会う。90年代のLAといえばRoyal Crown Revueなどが世界的に台頭し(Jim Carry主演映画「マスク」の名場面は有名)ハリウッドのDerby night clubで演奏していたまさに「スウィング狂時代」で、カップルたちはヴィンテージで身をかため夜毎アクロバティックなリンディパフォーマンスを繰り広げていた頃 である。
東京Swing Dance Societyが98年に山田ヒロユキ氏によって設立された当初、日本にはまだスィングダンスのインストラクターはほんの少数にとどまっていた、そこで彼らは世界各地から有名な講師たちを招きワークショップを開いていた。2000年、チャーリー西尾はスウィング界の伝説の男、Frankie Manning、30年代Savoy Ballroomで踊り、かの傑作映画“hellzapoppin”(1942)にも出演したという彼のワークショップを受けることとなる。チャーリーはもう完全にスィングに夢中になり、日本のスウィングバンド「フジヤマチャロル」を作るため大阪に戻ることを決意する。その頃 の大阪といえば、ブルースをするバンドは飽きるほどいたが、SwingやBig Bandのような音楽をするバンドは皆無に等しかった。フジヤマチャロルは女性を含む9人で構成され、名曲をただ英語でもってカヴァーするのではなくあくまで日本語でスィングを演奏するバンドとして初めて世に出たのある。チャーリー西尾はフジヤマチャロルのヴォーカルに加えて、現在では他に3つのバンド、Jazzのスタンダードを英語で歌うSwingin’ Slow Petals,チャーリー曰く「Jazzミュージシャンがロカビリーをやるとこうなる」バンドAomido lindies、そして「Western Swingバンド」マーヴェラス桜井とホットフィドルバンド、これらに参加している。
音楽の範囲を超え、チャーリーは自らのスウィングダンスの技術を磨くことへも興味を持つようになり、イギリス、フランス、オーストラリア、シンガポールとダンスワークショップへの旅を重ねた。彼は日本にスィング文化を広げる目的でパートナーであ るユカ・サラシコと「バンザイスウィングカンサイ」というダンス協会を立ち上げ、関西で様々なスタイルのスィングダンスを教えることを始めた。ひとつ彼がぶち当たった問題はLindyhopというものがやはりBallroomのような比較的広い場所を必要とすることから、多くのカップルが自由にダンスできるような広いスタジオを借りる際のコストであった。チャーリーはこういった問題を自分のクラブ「Swing Week」をオープンすることで解決した。2004年7月にオープンしたSwing Weekは全面フローリングで鏡も完備し、コンセプトは「スウィング愛好家が365日踊れるスペースを提供する」である。
Swing weekは平日夜2回のレッスンを行っている。Total beginners(初級)、Lindyhop、Jive&jitterbug、Balboa、Shimsham, 他にも色々!昼間のレッスンも月曜と水曜に受けることが出来る。ダンスのレベル、年齢、国籍に関わらず皆歓迎される。レッスンはパートナーごとのローテーションでもって行われるのでカップルであろうと一人であろうと参加できる。各レッスンは一回一時間1000円。その後はJazz barとして2時まで営業する。もちろん追加チャージなし。そして毎週土曜日はスィングのDJを迎えて「Osaka Swing Weekend」入場料1000円で20:00〜02:00まで。クラブswing weekはもちろん貸しスタジオとしても一時間当り低料金で利用できる。

